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さらさら録

日々のさらさらの記録

不二家レストランでいちごパフェを

祖父が家で商売をしていたこともあり、休日であっても繁華街へ買い物に行くことやレストランに食事に行くことなど滅多にない家に育った。クラスメイトがやれどこそこのデパートで服を買ってもらっただのと言うのを聞いては、従姉からのお下がりのトレーナーの袖に手を隠す、そんな小学生だった。たまに出かけたとしても、自転車で行ける範囲の中型スーパー、もしくは母方の祖母の家の近くにあったヨシヅヤくらいであった。

そんなわたしにとって、親と繁華街に行った記憶は2回だ。1度目は自分の小学校の入学準備、2回目は妹の小学校の入学準備で栄のデパートに父と伯母と行ったのだ。母ではなく伯母なのは、母が家業の手伝いをしていたからである。今回は、妹の入学準備の時の話だ。

デパートに行って買い物をすると言っても、ランドセルは祖父が注文していたし、名前入りの鉛筆は祖父のお客さんが買ってくれていた。目的はそうした細々としたものではなく、入学式で着る服だった。わたしのときはネイビーのねじり編みニットのツーピースにイミテーションパールのネックレスで、妹のときはネイビーのセーラー風の襟付きニットツーピースに使い回しのネックレスだった。どちらも父の見立てで、わたしも妹も地味だとむくれた。チェックのスカートやフリルのついたブラウス、金の刺繍が施されたワッペンのついたジャケット。この時期子供服売り場を埋め尽くしているブレザータイプの服にわたしたち姉妹は憧れ、そして父の美学の前に敗北した。

地味だとしょげる妹と、それでも襟がついている分妹の服のほうがかわいいとふくれっ面のわたしを連れて、父たちはキャラクターの痕跡もなく何の仕掛けもない赤いコードバンの筆箱や無色無地の下敷きやらを買った。飾り立てることなく本質に近いものを与えたいという父の美学は、わたしたち姉妹には通じなかった。思うものを買ってもらえないことと、慣れない繁華街とで疲れ果てた姉妹の前に、不二家レストランがあった。帰る前に一服していこうということになり、八つ当たり気味に入口のペコちゃんの頭を引っぱたいて入店した。

3月ということもあって、いちごフェアをやっていた。パフェもおいしそう、ケーキも、いちごミルクもいいな…と迷う姉妹をよそに、父は高らかと言い放った。「俺、いちごパフェ」と。「お前が頼んだことにしろよ」と言われて「何で?」と言うわたしに、父は少しばつの悪そうな顔で言った。「お前たち連れてるときでもないと、男がパフェなんて食べれんがや」


今となっては、男性がパフェを食べることも珍しくない世の中になった。だけど、この時期に栄地下街の不二家の前を通ると、今でもわたしは20年前のこのことを思い出す。地味なニットのツーピースと、いちごパフェをうれしそうに食べる父の顔と、今はその名前が残っていない不二家レストランを。それは、甘酸っぱくて苦い思い出だ。だって、わたしはその日、何をオーダーしたのか覚えていないのだから。


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何度も前を通るしごくまれにお茶もしてたのに、不二家レストランじゃなくなってたと今知った…。豊田ビルの地下にもあったよね、確か。高校のとき部活メンバーで行った覚えがある。


ぐるなびお題「思い出のレストラン」
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