さらさら録

日々のさらさらの記録

孤独もさびしさもそこにいる

星野源が結婚を発表した。そのとき、ネットで「ガッキーと付き合っている人間が孤独を語っていたのかよ」という声を見て、それは違うんじゃないかなぁと思った。孤独やさびしさというものは、どんな恋人や配偶者がいたとしても、別枠で存在するものだと思っているからだ。

パートナーがいるかいないかに関わらず、パートナーがどんな人であるかに関わらず、ひとの心には孤独やさびしさが存在していて、それを引き受けながら日々を過ごすことが生きることだとも思っている。わたしにとって、孤独やさびしさは、古くからそばにいるものだ。交際を始めてから3年ちょっとの夫がはるかに及ばないくらい長い間近くにいて、夫がパートナーになってからもずっとそばにいる。

 

夫と同居を始めて、そして夫と結婚したあとのことだ。今までのようなさびしい気持ちが胸に溢れることがあって、そのときわたしはひどく安心した。結婚したあとも、さびしさを確かに感じられることに。

結婚したときに、わたしは安心して帰ることのできる場所を得たと書いた。夫との関係では恋人時代から不安になることがなく、とても優しく穏やかで、安心という言葉がぴったりだった。それでも、わたしはさびしくなったのだ。ここは帰る場所なのに、それでも自分のことを根無し草だと思ったのだ。

夫と何かあったわけではない。夫は変わらず、ともすれば結婚前よりも優しく、安心した生活をともに送っている。ではなぜなのか、と思われるかもしれない。少し考えてみて、さびしさや孤独のすべてに理由があるわけではないということに思い至った。人間の感情すべて、理由があって起こるものばかりではないのだ。理由のない感情って、とても人間っぽいというか、自分の大事なピースのようなもの。だから、さびしさを感じたとき、わたしはわたしのままだということも一緒に感じて安心したのだろう。

 

寝相の悪い夫が布団を寝袋のように身体に巻きつけ、そして隅で寝ていたわたしにぶつかってくる。わたしは目を覚ます。夫は気づくそぶりもなくぐっすり眠っている。眠りひとつ取ってもこんなに違う夫とわたしなので、それぞれが持つ孤独やさびしさの形や大きさもまた違う。そのことを思うとき、わたしたちはどうしようもなくひとり同士で、そしてふたりなのだとしみじみ感じる。わたしの布団を大きく侵蝕して眠る夫をどうすべきか少し思案して、そのまま寝かせることにする。わたしはわたしで、自分の眠りに入るべく目を閉じる。ひとりの夜をひとりで泳ぎ、それぞれ目覚め、同じ食卓を囲むために。

 

先日、わたしが帰宅後におかまと米が入っていない状態で炊飯器のスイッチを押してしまう事件があった。暑い時期は研いだお米を炊飯器に入れっぱなしにせず冷蔵庫で吸水させているんだけど、それをすっかり忘れていたのだ。お米は後から家を出る夫が用意するので、「炊飯器に貼り紙をしておいて」と言ったらこんなダイニングメッセージが残されていた。

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わたしが野球を観ながらブログを書いている今、夫は隣でSwitchのモンハンをしている。それぞれの感情を持ち、それぞれにしたいことをしながら夜を楽しく過ごしている。

ままならない身体で生きてやる

今年は例年よりうんと早く梅雨入りしてしまった。くせ毛の髪は自由奔放にうねり広がり、トリートメントもスタイリング剤ももはや何の意味も成さなくなった。今はわけあって(わけはない)髪を伸ばしているので、どうにか結ぶことで髪のうねりをごまかしている。わたしの身体は髪の毛の1本すらままならない。

 

そういえば、3月に入ったころのことである。わたしのメンタルは突然、上向きに振れてしまった。とにかく元気があり余り、夜あまり眠れなくなり、それでもとても元気。何でもできそうな気持ちで満たされ、気持ちが大きくなってついつい買い物をしてしまい、その割にあらゆることが手に着かず、短歌だってつくれない。休日の午前中は基本的に寝ているのに、寝なくてもまったく平気になり、それどころか空も飛べそうなくらい身体が軽くなった。空も飛べそうどころか、オフィスや自宅マンションの窓を突き破ったとしてもそのまま落ちることなく飛べると思っていた。誰彼構わず口喧嘩をふっかけたくなり、そしてその口喧嘩に負ける気もしなかった。

いよいよまずい、そう思いかかりつけのメンタルクリニックに駆け込んだところ、これまで20年ほどわたしにつけられていた病気とは別の病気という診断が下りた。突如躁転し、病名が変更になることはまれによくあるケースらしい。今まで飲んでいた薬も変わり、治療が目指すところもがらっと変わった。

今までの病気では、というよりわたしの人生は基本的に下に振れてばかりだったため、そういうときの対処法もそれなりに身につけてはいた。なにしろ学生時代からの20年選手だったのである。ところが、まさか、そう信じていた病気ではなかったなんて。わたしの人生の半分以上が覆ってしまったのである。20代のころの引きこもり無職のわたしへ、難治性って言われたけどそもそもその病気違うってよ。しかも30代半ばまでそれがわからないってよ。

新しい病気では上にも下にも振れていないフラットな状態をいかに保つのかが鍵になってくるそうなのだが、しかしわたしにはフラットな状態がわからない。なんたって基本的に下に振れて生活してきたのだ。下に振れた状態でどうにか日々を暮らし、それでもたまにセルフモニタリングがぶっ壊れて休むよう言われたりしてきたのだ。服薬のおかげか、最近はすっかり身体に重みが戻ってきた。喧嘩したい気持ちも空を飛べそうな気持ちもなくなり、衝動買いしたものを見て頭を抱えていて、短歌はぼちぼちつくれるようになった。でもこれがフラットな状態なのかというとまだわからない。わからないなりに、フラットな状態をつかめるよう生きていくしかない。

まったく、ままならない身体である。

 

昨年12月には腰椎椎間板ヘルニアになり、以後ずっと痛み止めの服薬が続いている。卵巣嚢種も見つかり、手術するか否かを決めるために大学病院で検査も行ったりした。結果的に卵巣嚢種はしぼみ、ホルモンバランスによるものということで手術は見送りになった。

さいころから致命的なものはないけど、なんとなく身体が丈夫ではない人生を送ってきた。風邪を引きにくくなるらしいということで放り込まれたスイミングスクールも、結局風邪を引いて振り替えレッスンを受ける羽目になるほどである。保育園には2年通ったけど、出席ノートの皆勤シールが貼られた月はなかったくらいだ。

年々、その身体のままならなさはじわりじわりとわたしに迫ってきている。つい先日も、肌の弱さから粉瘤ができ、切開して膿を出してもらったばかりである。

 

それでも、このままならない身体で生きるしかない。

絶望したくなることはたくさんあるし、今の世の中にはだいたい絶望しているけど、まだわたしにはやりたいことも見たいものも聞きたいものも食べたいものもたくさんある。夫とだって、まだまだ一緒に過ごしたい。30代になって、ようやく楽しいものを楽しいと受け取れるようになったのだ。まだとうぶん、このままならない身体で生きてやる。そのためには、この身体を引き受けてやらなきゃね。

 


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果てのような屋上で

2月22日、猫の日。飛び石連休の平日に、通院休暇を取った。通院前に矢場町から栄を歩いた。パルコの最果タヒ展に行き、お昼を食べ、ヨドバシに行き、松坂屋の九州物産展をちらっと見て、そういえばここって屋上あったよね、と屋上庭園に出た。

そこは明るくて、そして誰もいなくて、簡単に果てを感じるのにはぴったりな場所だった。

 

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アンパンマンカーが「ぼく、アンパンマンカー!ぼくに乗ってみませんか?速いですよ!」と話しかけてきたのでとっさに断ってしまった。

テントの中に入ってみた。

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夫は100円で11枚のコインを引き換え、パワプロクンのゲームに興じていた。わたしもやらせてもらったんだけど、ただ来た球を打つだけのシンプルなゲームで、そしてどんくさいわたしでもどうにかなるくらいであった。パワプロクンで稼いだコインをコイン落としに突っ込み、ちょろっとクレーンゲームで遊び(わたしは空間認知がからっきしなので夫がやるのみであった。そして何も取れなかった)わたしたちは意外とこの屋上庭園を満喫した。

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誰もいないと書いたけど、たまに親子連れが来たりもして、今でもこの屋上庭園が元気であるということを感じさせた。何しろクレーンゲームの景品がずらりと鬼滅の刃だらけ、すみっコぐらしもいくつかあり、こんな張り紙まであったのだ。

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さすが、昭和、平成、令和の三時代を生きている屋上庭園である。面構えが違う。

 

年齢一桁の時代以来数十年ぶりに松坂屋の屋上に足を踏み入れたけど、そこは下のフロアや雑踏からまるっきり切り離された時間が流れる、まさに非日常だった。真っ青な空の下でさまざまな時代が混ざり合うこの空間を、果てのようだと思いながら、わたしは思った以上に気に入ってしまった。また、平日午後に来れることがあったら来てみたい。そしてまた、非日常の中で、感情と感傷がぐらぐらとするさまを感じてみたい。

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