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さらさら録

日々のさらさらの記録

『サザナミマメカモハシビロコウ』

novelcluster.hatenablog.jp
久し振りですね。
ひたすら初春のようなハートウォーミングなものを書きたかったのです。

* ☆ * ☆ *

 鳥の飼えるマンションに越してからというものの、るり葉の家にはよく迷いインコがやって来るようになった。飼っているのはサザナミインコの点Pだけだが、仕事から帰りベランダの洗濯物を取り込んでいるときなどに突然他のインコが飛び込んでくるのだ。るり葉は小柄なので、自分のことをマメルリハインコか何かと勘違いしているのかもしれないと考える頻度でやって来る。
 迷いインコがやって来ると、るり葉はきちんと介抱し餌を与えツイッターを検索する。ツイッターには迷い鳥の情報が溢れているのだ。該当する飼い主っぽい人を見つけたら、連絡して引き取ってもらう。これまでに5羽は引き取ってもらっただろうか、奇跡的にも引き取り手は見つかっている。今はいいけど、引き取り手が見つからなくなったときは考えなければならないな、と迷い鳥用の空のケージを見ながらるり葉はバニラフレーバーのルイボスティを啜っていた。
 とそこに、突然玄関のドアが開く音がした。慌ててるり葉が玄関に行くと、男が倒れて寝ていた。点Pが奥で調子外れの歌を歌っている。インコは拾ってきたけど(ジュウシマツ含む)、人間を拾うのは初めてだった。普段なら必ず帰宅するとかける家の鍵を、点Pが変な歌を歌っているからと慌てて駆け寄ったため、かけ忘れてそのままにしていたのだった。点Pはどうやら『ゲゲゲの鬼太郎』を歌おうとして妖怪から鳥に戻り、「ゲ、ゲ、ゲゲゲのゲー 朝は寝床でぽっぽっぽー」と歌っていた。点Pは歌わせておけばいいとして、問題はこの男である。意識を失ってはいるが、大鼾をかいており恐らく生命に異常はない。薄目を開けて寝る大柄な男は、まるで瞬膜を閉じたハシビロコウみたいだと思った。
「すみません、ここ人の家なんですけど」
るり葉が会話を試みるも、男はまったく起きる気配がない。インコですらだいたいは「ピーちゃん!」と元気に名乗るというのに。諦めたるり葉は、何とか廊下まで男を引きずり、客用布団を出して男にかけた。おかげで廊下が塞がってしまったが、その日はもう外出する用はなかったため問題ないということにした。男の枕元にタオルとスポーツドリンクとビニール袋を置いておく。酒臭さからすると、どうやら酔っているようだ。男の支度を整えると、るり葉は簡単にシャワーを浴びて部屋へのドアを閉め、男と自分および点Pのスペースを確保した。

 翌朝、男のことをすっかり忘れて、るり葉は土曜日の朝寝坊を満喫していた。尿意を感じて廊下に出ると、男が土下座していた。誰だこの座り込んだハシビロコウは、ああそういえば昨日拾ったのかと意識が回る前に、男は「すみませんでした!」と謝った。男は白鳥と名乗り、下の階の住人だと言った。ハクチョウよりハシビロコウに似てる、とやっぱりるり葉は思った。
「酔い覚ましに階段を上ってたらひとつ間違えてしまったようで、本当にすみませんでした」
「酔い覚ましに下手に動かないほうがいいと思いますよ」
そこまで答えて、るり葉は部屋着にカーディガンという出で立ちであることに気がついた。
「ちょっと待ってください、着替えて化粧してきますので」
「いやいや全然お構いなく、こちらがご迷惑をおかけしましたので」
お構いあるのはこっちだと思いながら、るり葉は白鳥のペースに巻き込まれていた。後ろで点Pがインコだというのに「ぽっぽっぽー てんぴちゃんだよー」と歌っている。るり葉は諦め、ダイニングに白鳥を座らせコーヒーを淹れた。

 コーヒーとグラノーラヨーグルトを挟んで向かい合わせに語るところによると、白鳥は仕事でどうしようもなく理不尽なことがあり飲まなきゃやってられないという状態だったらしい。そして飲んで憂さを晴らし、るり葉の家で気持ちよく寝ていたのだという。スポーツドリンクは夜中のうちに飲み干されていた。
「本当にすみません、でもあの、小谷さんのおかげで助かりました」
そう言って白鳥は身を小さくし、コーヒーを口に含んだ。るり葉は、だんだんこの名前に似合わないハシビロコウを面白く感じ始めていた。ハシビロコウのくせに細々とよく動き、しきりに謝る。憎めない、その一言に尽きる男だった。
「お詫びに、今度メシ奢らせてください」
「え、あ、はい、わかりました」
そしてとりあえず連絡先を交換し、白鳥は深々と頭を下げて帰っていった。

「変な人だったね」
るり葉が話しかけると、点Pは小さく応えた。
「人まで拾っちゃったよ」
足で体を掻きながら、そうだねえと言わんばかりに点Pは鳴いた。すると、るり葉の携帯のメッセンジャーが鳴った。白鳥だった。
「そういえば,テンピちゃんは元気ですか?」
るり葉は目を丸くし、そして笑った。
「テンピじゃなくて点Pですし、雄なんです」
「あっ、すみません。あまり気にしないでください」
るり葉は「はーい」という言葉の書かれた鳥のスタンプを送り、点Pは水浴びしてあくびした。

 鴨と蕎麦で日本酒を飲ませる店で、るり葉は春菊とサーモンの白和えをつつきながら白鳥と向かい合っていた。この店は以前白鳥が同期との飲み会で来た際においしくて気に入ったのだという。半個室の店内は落ち着いた活気に満ちていて、日本酒がするりと喉を通っていった。
「白鳥さんはね、謝りすぎだと思うんですよ」
「すみません、すみませんってそんなに言わなくていいですよ。仕事でもないんですし、年だって白鳥さんの方が上なんですから」
鴨鍋を取り分けていた白鳥は、「ごめんなさい、つい言ってしまって」と言いながら小鉢をるり葉の前に置いた。鴨は臭みもなくほろりと柔らかく、白菜とも相性が良かった。ついお酒が進みそうになるが、この前のことを思い出してお互いセーブする。
「恥を晒すようで言いたくないんですけど、新人の頃ミスが多かったんです。いや、ミスは同僚並なんですけど、ただ身体が大きいからか俺の性格が言いやすいからか、注意されることが多くてついついすみませんって言ってしまうようになったんです」
ハシビロコウだって、大きいから目立つ。白鳥もきっとそうだったのだろう。目立つからこそ、目立たないよう謝って謝って小さく生きてきたのかもしれない。
〆の蕎麦を鍋にくぐらせながら、ほろ酔いで気の大きくなったるり葉は言った。
「きついこと言ってすみませんでした。でも、白鳥さん面白いですし、そんなに小さくなる必要はないですよ。もっと大きくてもいいですよ」
「そうですかねえ」
「そうですよ」
「小谷さん、小柄なのに俺より大きくてしっかりしてる」
白鳥はそう言って笑った。
「どういう意味ですか」
掘りごたつの下で小さく足を蹴飛ばして食べた蕎麦は、鴨のだしと蕎麦の香りが絡み合い、いくらでも食べられそうだった。

ほろ酔いで駅から歩く帰り道、白鳥はるり葉に聞いた。
「点Pくんって、サザナミインコですか?」
「そうです、よくわかりましたね」
「元々鳥が飼いたくてこのマンションにしたんですけど、なかなか飼えないままだったんです。点Pって、もしかしてスピッツの『さざなみCD』から取りましたか?」
「よくわかりましたね、そうなんです」
「俺が鳥を飼うとしても、その名前のセンスはなかったなあ。でも、この前の点Pくんを見てると飼いたくなりますね」
ハシビロコウがインコを構っているところを想像して、るり葉はくつくつと笑った。
「マメルリハみたいな人がサザナミインコを飼ってるって、面白いですよねぇ」
思っていたことの裏返しを言われて、るり葉は見透かされたようにどきっとした。私ってマメルリハに似てますか、とるり葉が聞く前に側溝にヒールがはまりよろけた。白鳥は腕を引っ張り抱き止めて、「すみません」と言った。
「いや、すみませんはこっちの言葉ですよ」
るり葉の両腕を持ったまま、白鳥は言った。
「違うんです。もしまた良かったら、食事に行ってくれませんか?」
 るり葉の腕を握る手に力が入る。現実のハシビロコウなら嘴を叩いて音を鳴らすところだけど、腕から伝わる心臓の音を聞いてかわいいハシビロコウだと思った。
「今、転ばないようにしてくれたお礼に、酔い醒ましも兼ねてコーヒー飲んでいきますか?」
白鳥があまりにびっくりした顔をするので、るり葉は慌てて付け足した。
「ほら、点Pにも会わせたいですし、それに」
小さな声で、るり葉は付け足した。
「白鳥さんと話してると、楽しいです」

「点Pー、ただいま」
「お邪魔します。点Pくん、二度目まして」
「何ですか、その二度目ましてって」
点Pは見覚えのある大きな来訪者を見て、「おかえり」と鳴いた。どうやらこの大男を覚えておいた方が良さそうだと思いながら。

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