さらさら録

日々のさらさらの記録

冬が来ていた

 最近は夏も冬も挨拶もなしに「あ、お邪魔してます」って感じでやって来る。あれ、いつの間にいたのって感じに急にやって来る。そんなわけで冬が来たので、2段ハンガーラックの奥にかけてあった冬のコートを引っ張り出してきた。
 わたしは冬が好きだ。自分が秋から冬に差し掛かる頃の生まれだからかもしれない。朝、ふっかふかぬくぬくとしたお布団に別れを告げて、タイツを履いてコートを着てぐるぐるとストールを巻いて外に出る。真っ白い息を吐いて、肺いっぱいに凛と冷えて張り詰めた空気を吸い込むと、細胞がしゃっきりと立って目覚め、自分の体が細胞という粒子の集合体なんだと感じられる。そんな冬が好きだ。
 冬のほうが体も楽だ。何十年も名古屋にいる割には夏の暑さに体が最適化される気配がなくて毎年へばって、気温も湿度も高い倦んだ空気の中では呼吸すらも面倒になる。湿度も冷えも同じように骨を軋ませ古傷を痛めるのは変わらないけど、冬のほうが外に出ることが苦じゃない。暑さは服での調整にも限界があるし日光過敏症を気にしなきゃいけないけど、寒さは着込めばどうにでもなるというのが持論だ。手袋は嫌いだからあまりしたくないけど、かじかんで表面温度の下がった指先が好きなのはわたしくらいだろうか。変温動物みたいで面白いと思うんだけどな。
 どことなくそわそわしたようなホリデーシーズンと師走やら年明けやらが混ざった雰囲気もとても好きだ。昔はこのそわそわ感が苦手だったような気がするのに、気がついたらとても楽しくて愛おしいと思うようになっていた。イルミネーションのきらきらも、クリスマスのディスプレイも、みんなみんな愛おしい。THE BACK HORNに『キズナソング』という冬の歌があって、この曲はタイトルでとても損していると思ってるんだけど、それはともかくこの曲のフレーズの意味がわかるようになった。

街中にあふれるラブソングが
少し愛しく思えたのなら素晴らしい世界

この、そわそわしてきらきらした季節を愛おしいと思ったとき、わたしはうずくまって声を上げて泣きたくなった。なぜだかはわからない、だけど自分の中にあった視界を曇らせる膜がひとつ破れたような気がしたのだ。こんなにも素敵な季節だったのか、素晴らしい世界だったのかと。誰かを想うことが似合う季節は、優しくて素晴らしくて愛おしい。
 イルミネーションの中を白い息と一緒に歩いてコーヒーショップに寄り、ストールを外してコートを脱いで席に着く。クリスマスの飾り付けがされた店内で、熱く甘いココアを少しずつ飲みながら窓の向こうを往来する人々を見る。日常の中の何気ない行動かもしれないけど、湯気のようにじんわりとあたたかい気持ちが満ちていく。冬が好きだと、じんわりと実感する。
 夏が好きだという文章は時々見かけるけど、あまり冬が好きだという文章を見かけないので、こうして冬への想いを綴っている。明日は日曜だから、今日干してカバーもかけて用意した冬用の羽毛布団でぬくぬくと二度寝しよう。二度寝が気持ちいいのも、冬が好きな理由のひとつ。

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