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さらさら録

日々のさらさらの記録

制服を盗まれたことがある

思ったこと 自分のこと
 こういう経験を書くことも何か意味があるといいなぁ、と思いながら。


 わたしが高校生、妹が中学生だった頃。ウォッシャブルの制服だったので、連休になると制服を手洗いして干していた。冬は上と下、夏は毎日上は洗って替えるので下だけ。なんてことないセーラー服を、ベランダの一番奥の竿に干していた。
 最初、夏服のスカートが盗まれた。わたしの家のベランダは地面から高いところに作られていて、柵は地面から2mはあり道路に面しているため、まさか、どうやって盗ったのかという気持ちだった。夏服の上のセーラー服は何事もなく揺れていて、プリーツスカート2枚だけがなくなっていた。見つけた母としばし呆然として、気づいて大慌てでスカートを買いに行き頼んで大急ぎでサイズ直ししてもらった。
 それからは、夏服の上のセーラー服もバスタオルで外から見えないように干した。夏服のセーラーは一度も盗まれることなく、わたしと妹は下だけ新しいプリーツスカートで通い衣更えの季節を迎えた。
 そして、連休に制服を手洗いして干していたら、冬服のスカートを2枚盗まれた。物理的に固くガードして、いくつも洗濯ばさみをつけた上で隠すように干していたのにも関わらず。上着は何も見ていなかったように重くぶら下がっていた。わたしと妹は同じように急いでスカートを買ってもらった。新しいプリーツスカートと古いセーラー服で学校に通った。次の連休が来て制服を洗っても、決して外に干すことはしなかった。夏になり衣更えをしても、夏服のセーラーすら外に干すことはしなかった。家中あちこちを移動して、どうにか乾かしながら着ていた。
 制服のスカートといっても決して安くはなくて、通っていた県立高校の月の授業料を超えた。授業料が1万円弱、スカートが2枚で2万5000円ほどだった。わたしの家は裕福とは真逆であり、だからこそ制服を自宅で手洗いしていたのだけど、想定外の盗難は家計に打撃だった。ベランダに干していたのは確かに落ち度かもしれない、ただ物理的にかなり難しく警察も首をひねっていた。それからしばらく、制服以外のあらゆる服を部屋干しするようになった。盗まれる恐怖に怯えるのも、絶望感を味わうのも嫌だったから。
 そして、金銭的ショックだけでなく、精神的ショックも受けた。制服がなくなったときのあの絶望感。高校生にもなれば、盗まれた制服がどのように使われるか、だいたい察しがつく。毎日履いて高校に通い、授業を受け、友達と喧嘩し、部活の方針で対立し、淡い恋をして、そんなときにずっと側にあったスカートだった。そんなスカートが、どこかで見知らぬ誰かの手で文字通り汚されているという予感はとても薄気味悪く、絶望感に満ちたものだった。季節が巡り二度経験したあの薄気味悪さと絶望感は、新しいプリーツスカートに足を通す瞬間にも時折フラッシュバックしては自分や思い出が汚されていくような感覚を残していった。

 今だからある程度客観的にこうして振り返ることができるのかもしれないけど、あの薄気味悪さと絶望感は今もありありと残っている。
 そして、その薄気味悪さと絶望感がこの記事を書かせたのかもしれない。
 
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