さらさら録

日々のさらさらの記録

『すべてかがやけ』

今まで参加したいと思いつつ参加できずにいた「短編小説の集い」ですが、休日の思いつきでがーっと書き上げました。
昨日、主宰のぜろすけさんのツイキャスを聴いたのもあるのですが。

ブログにしろ今回の短編小説にしろ、未熟ながらも文章を書くことがやっぱりわたしは好きみたいです。
おかげで楽しい休日になりました(締め切り当日に書いておいて言う台詞でもないですが)。
主人公の名前ありきだったので、ちょっと説教臭くなったところが反省点ではあります。
次はもっと練って書こう。うん。


☆ * ☆ * ☆ 


『すべてかがやけ』


「俺よりキラキラした名前の奴なんていないよな、やっぱり」
スマートフォンに表示された「今年のキラキラネームランキングがひどい」というニュースアプリのヘッドラインを見て、男はそう声に出さず呟いた。夜8時を回った地下鉄の窓に映る自分の顔は、目の下の疲れを際立たせてぞっとするほど自分を老けて見せる。

その男の名前は、星野一輝。苗字に引っ掛けて、字の如く「一番輝く星になるように」という願いを込められた名前だった。ああ、でもおやじ、おふくろ、その願いは俺には重すぎたんだよ。男はこれまでの人生で何度、そう思っただろう。なぜなら男は、輝くどころか平々凡々な人生を送ってきたのだ。
地方に生まれ育ち、一番近い政令指定都市の大学に進学し、そのままそこで何となく就職した。スポットライトを浴びることもなく、小説やドラマのような甘酸っぱくてほろ苦い日々があったわけでもなく、ただ淡々とレールの上をなぞるように生きてきた。輝くことができないのなら、せめてレールから落ちないようしがみついてやろう。そうすることで、一輝は名前から逃げようとしていた。

駅から自宅まで歩く途中のスーパーで、値下げされている惣菜を適当に買う。今日は何だか自炊する気もしなかった。揚げ物をオーブンレンジで温め、ウィスキーをコーラで割り、夕食と晩酌の中間の支度をする。油の回った軟骨唐揚げを放り込み、コークハイを啜りながら、一輝は声に出した。
「つまんねえのかな、俺」
一輝の頭の中には、この前出席した結婚式二次会での出来事がずっと引っ掛かっていた。

その結婚式は、大学時代のサークルの同期同士の式で、二次会はさながらOB会のようになっていた。そこで、一輝はある女に話しかけられた。
「一輝さん、全然変わってませんね。今どうしてるんですか?」
女は紗穂といい、一輝の1年後輩で、一輝の元彼女でもあった。頬とまぶたを赤く染めてほろ酔い加減の紗穂は少し大人びて垢抜けていた。そして、右手薬指にシンプルな指輪を光らせていた。

大学構内の中庭での飲み会で酔い潰れた紗穂を、大学から家の近い先輩の義務として一輝が介抱し一晩中面倒を見ていたことがあった。その後、「あんなに迷惑かけたのに嫌な顔ひとつしないで見ててくれたのが嬉しかった」と交際を申し込まれ、何の感情も抱いていなかった一輝はそれを承諾した。
何の感情も持ってなかったとはいえ交際することになったのだからと、一輝は恋愛マニュアルのステップを踏むように彼女に接した。メール、デート、手を繋ぐ、電話、キス、プレゼント、セックス。慣れていないぎごちなさを除けば、どれも間違ってはいないはずだった。
「一輝さんといると、不満はないんだけど、つまんない」
交際半年が経った頃、紗穂はそう言った。つまんないってのは不満じゃないのか。一輝はそう思ったが、初めての彼女ということ以外は特に思い入れもなく、「じゃ、別れよっか」とあっさり言ったのだった。そしてサークルを引退し、追い出しコンパでも特に話すことなく離れ、思い出すこともなく過ごしていた。

「普通に就職して、普通に会社で働いてるけど」
ワインを飲みながら答えた一輝に、紗穂は言った。
「やっぱり一輝さんって、不満もないし問題もないけど、つまんないまんま生きてるんですね」
黙って一輝はワインを飲み干した。ただ現状を端的に言っただけで、不満どころか問題ないまで増えてるじゃないか。
「一輝さんの淡々ときっちり物事をこなしてくところはいいと思うんですよ。だけど、それだけじゃ人生80年も過ごせなくないですか?」
あのさ、と一輝が口を開こうとしたところ、紗穂は他のテーブルに呼ばれ、特徴的な離れた目でにこっと笑い、ぺこっと会釈をして去っていった。
ワインのお代わりをオーダーしながら、紗穂に言われた「つまんない」が頭の中でエンドレスリピートしていた。

翌朝、一輝は熱いシャワーを浴びてもまだ重い頭を乗せて地下鉄に揺られていた。一人飲みのコークハイはだんだんウィスキーを濃くし、気づけばそのまま床で寝ていた。情けねえな、一人飲みで二日酔いとか何やってんだ俺。鈍い頭にはまだ、「つまんないのか?」という問いが浮かび続けたままだった。
二日酔いだと悟られないように仕事をこなした。目の前の仕事を粛々とこなしている間は仕事のことだけ考えていればいい、そういつものように考えながら仕事に打ち込んだ。あっという間に外が暗くなった頃、何度目かのコーヒーブレイクを取りに席を立った。薄い匂いのコーヒーが、冷えた体を温めていく。自販機コーナーの南向きの窓の低い位置に、明るい星が見えた。
「あの星、すごい輝いてるな」
声の主は、一輝の先輩である水口主任だった。
「水口さん、僕ってつまんないんですかね」
一輝は、星を見たままそう言った。少しの沈黙の後、水口は妻にメールを打ちながら言った。
「一輝、あと30分で片付けて飲みに行くぞ」

2人は、会社から一駅の飲み屋街の中でも奥まった店の暖簾をくぐった。焼き鳥のタレと炭火の匂いが店中に充満し、テーブルは拭い切れない脂でねっちりと光っていた。
「すみません、飲みに連れてきてもらっちゃって」
「気にすんな。むしろさ、俺は一輝がプライベートなことを言ってきてくれて嬉しいんだからさ」
水口はおいしそうにビールを一口飲んだ。
「で、お前がつまんないのかって?」
「はい。俺としては、高望みしない地に足着いた人生だと思ってるんですけど」
「あのな、新入社員でお前の配属が決まったとき、名前見て思ったんだよ。こいつは絶対将来うちの会社を背負って立つ星になる!って。で、実際来たお前を見たらさ、死んだ魚のような目して星野一輝です、なんて言うんだから参ったよ」
「そんな、名前だけで期待しないでくださいよ」
「いや、実際さ、お前は後輩としてはよくできてるよ。教えたことはちゃんとやるし間違ったこと指摘したら修正してくるし、手のかかんない奴だよ」
「はい」
そこで水口は少し黙り、銀杏串とねぎまを立て続けに食べてビールを飲み干した。ペースを落として飲んでいた一輝も、砂肝に手を伸ばしビールをあおった。
「確かに、つまんないって言っちゃえばつまんないかもしれないけどさ、全員がスタンドプレイに走ったら社会なんて成り立たんだろ?」
「はい」
「実直に仕事に取り組むお前みたいな人間だって必要だからさ。トラブル対応のときなんかさ、俺すぐ焦っちゃうからさ、いつだってペースを乱さず冷静なお前が光って見えるんだぜ」
「…そうなんですか?俺が?」
「だからさ、自分はつまんないと思って死んだ魚の目すんのはもうやめとけ。お前は今までの生き方にどっかしら疑問を持ってるんだろうけど、人にはできることできないことがあるんだからお前にできる範囲でやりゃいいんだよ。俺はお前のつまんないとこ好きだぜ」

飲み屋を出て路線の違う水口と別れ、地下鉄駅へ向かう途中の信号で一輝は空を見上げた。さっき見えていた星は沈み、うっすら白く染まる息の向こうにまた別の星が瞬いている。一輝の目に、星の輝きがはっきりと映った。
信号を行く人も待つ人もきっと、それぞれの位置で輝く星なんだろう。みんなそれぞれ、輝けばいい。一輝は、走り出したくなるような気持ちだった。
翌朝、一輝は完成しているのに出せずにいた個人面談シートを提出した。異動希望欄に、「他支店新規プロジェクトへの参加を希望します」と一行書き加えてから。
窓の向こうの何だか世界が輝いて見えるのは、2日連続二日酔いのせいだろう。そうだろう。口の中で呟いて、一輝は薄いコーヒーの匂いを嗅いだ。

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