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さらさら録

日々のさらさらの記録

前歯は階段に食べられまして

自分のこと

永久歯が生えてくるまで、わたしの左下の前歯は欠損していた。1歳7ヶ月のとき、階段から落っこちて折ったのである。わたしは8ヶ月の頃には喃語ではなく言葉を話していたらしいんだけど、歩き始めるのは1歳半と遅かった。口は回るのに運動神経が悪くどんくさいのは赤ん坊の頃からだったようである。つかまり立ちをしたと思ったらそのまま歩く気配もなく何時間も立って喋っていたらしい。今とあまり変わってない。

それはともかく、階段から落ちた話である。わたしは2階の階段のてっぺんにいて、つかまり立ちをしたまま階段の下にいた祖父と話をしていた。歩けるようになっても立ったまま話す癖は直らなかったらしい。祖父が何事か手振りをしたので、まだハイハイでしか階段の昇り降りをできなかったこと、そして階段のてっぺんにいることを忘れて祖父のほうに行こうとして落っこちたのだ。気づいたら口の中がまずくてわたしは泣いた。祖父と母上様は慌てていた。母上様はわたしを連れて歯医者に行くべくバスに乗った。

ここまでは普通の記憶なんだけど、ここからが少しおかしい。

不思議なことに、わたしは空中に浮いて、母上様に抱っこされた自分が乗っているバスを後ろから見ていた。わたしを抱っこした母上様が最後部の左側の座席に座っているバスが、歯医者さんへ向かうのを見ていた。ここで歯を折った記憶は途切れているんだけど、どうしてわたしは自分の乗っているバスを外から見ることができたんだろうか。幽体離脱的なものだったのか、しかし顔面から落ちたのは覚えているので頭は打ってなかったはず。

歯医者さんに行っても、乳歯なのでそのまま放置となった。不思議なことに、祖父と母上様がいくら折れたはずの歯を探しても見つからなかった。なので、現場に居合わせた三者の中では、わたしの前歯は階段に食べられたことになり、永久歯が生えてくるまで歯がないことについて聞かれるとわたしはそう答えていた。

そしてわたしが階段から落ちておよそ4年後、3歳下の妹が階段から落ちた。わたしはその現場にいて、妹が階段の中腹から落ちたのを見て「あー、◯◯ちゃん落ちたー!」と声を上げた。妹は姉のようにどんくさくないので歯を折ったりせず鼻をすりむいただけだった。姉妹揃って落っこちるあたり魔の階段と言えなくもないのだが、不思議なことに姉階段落下事件と妹階段落下事件とではわたしと家族の証言が異なるのである。わたしは姉落下事件は階段のてっぺんで妹落下事件は中腹からだと自分の記憶を元に主張するのだが、祖父や母上様は姉落下事件は中腹からで妹落下事件はてっぺんからだと言う。ちなみに妹には姉落下事件は当然として妹落下事件についても記憶がない。祖父が存命で認知症を発症していなかった頃に何度か話をしたが、やっぱりわたしは中腹から落ちた、歯は見つからなかったと言っていた。

本人と関係者との間で記憶の齟齬があったり不思議なこともいくつかあるけど、階段から落ちて歯を折ったことが一番古い記憶なのは事実。


今週のお題「一番古い記憶」

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