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さらさら録

日々のさらさらの記録

『新年会の雪だるま』

ネットのこと 書きもの

新年会の日は、決まって冷え込む。それが、課に伝わる伝説の1つだった。それを私が知ったのは、新年会の前日だった。
「明日だけどさ、ここの新年会の日って絶対寒いから防寒してきたほうがいいよ」
帰り際に斜向かいの席氏に言われ、私は「は、はいっ!ありがとうございますっ!」と小学生のようにいい返事をした。私にとって、この課で迎える初めての新年会だった。

翌朝、ピンク色のアイシャドウを薄くまぶたに乗せていると、タイムキーパー代わりのテレビから「今夜から明日未明にかけて急激に冷え込むでしょう」と聞こえてきた。本当だ、と思いながら薄手のストールをもう1枚かばんに入れて、いつもは苦手でつけない手袋をコートのポケットに突っ込んで、ブーツのファスナーを上げた。
仕事中はいつものように全館空調が効き過ぎてて動くと暑かった。事務所を見渡してもみんなカッターシャツの上のカーディガンを脱いでしまうくらいで、とても冷え込むとは思えなかった。新年会会場に移動するために電車に乗るときも寒さを感じなかった。人混みの中ではぐれないように、課の人の頭を必死で追ってたせいもあるかもしれないけど。
新年会の間も、お酒が入ってることもあって暑いくらいだった。たくさん飲んで食べてたくさんの人と話して笑う間に、「あれ、めっちゃ顔赤くない?」と何人かに言われたけど、それはお酒と暖房とメイクのせいだけじゃなかった。ただでさえそんなこと言えないのに、この男性だらけの課ではとうてい言えないですけどね、という言葉を飲み込むようにカシスソーダを口に含んだ。ある方向に視線を送りながら。あ、あの人もカシスソーダ飲んでる、と確認しながら。

お店を出ると想像以上に冷え込んでいた。かばんからストールを出して羽織っていると、「うー、さみい」という聞き慣れた声が隣から聞こえた。ストールを羽織る私を見て、
「お、ちゃんと寒いよって言った通り持ってきてるじゃん」
と斜向かいの席氏は声をかけてきた。黒い厚手のロングコートを着込んで、緑のグラデーションのストライプマフラーをぐるぐると巻いて、無造作にポケットに手を突っ込んでいた。
「そりゃもう、社歴も年齢も課でも先輩なんですもん、ちゃんと言うこと聞きますよ」
「や、でも6つ下なだけでしょ?変わらん変わらん。いや、変わるか。どっちでもいいや」
そう言って、斜向かいの席氏はお酒のせいか赤くなった顔をくしゃくしゃにして笑った。駅まで並んで歩きながら、わたしもつられて笑った。

「あっ」
信号待ちで止まった人混みの向こうに、私はあるものを見つけた。
「どうした?忘れ物?」
「違うんです、ほら、あそこ!雪だるま!」
超高層ビルの一面に窓明かりで描かれた大きな雪だるまが行き交う人たちを見守っていた。
「えっ、どこどこ!?」
斜向かいの席氏は、わたしの指差すほうを見て白い息を吐きながらぴょんぴょんと跳んだ。うっすら焦げ茶色に染まった髪を揺らしながら飛び跳ねて「あっ、見えた見えた!すげえ!」と言って喜ぶ姿を横顔を、心から愛おしいと思った。
たぶん私は、満面の笑みで見ていたんだと思う。「大丈夫?酔ってる?」と心配されてしまった。「大丈夫です」と言ったのに、地下鉄の改札まで送ってくれた。自分の乗る私鉄まで行くついでだから、と。
「寒いから、気を付けて帰って。お疲れさまっしたー!」
「あっはい、ありがとうございました!お疲れさまでした!お気をつけてー」
改札を越えて思わずぶんぶんと大きく手を振るわたしに振り向いて、斜向かい氏は照れくさそうに小さく手を挙げた。

「あっ、見て!雪だるま!」
私は隣のコートの袖を引っ張った。
「おっ、今年もいるじゃん」
今年も、って言った…?私は思わずぽかんと口を開けて目を丸くした。「もしかして、お、覚えてたんですか…?」
「ん?覚えてる覚えてる。雪だるま雪だるま!ってはしゃいどった。この子絶対酔っとるって思ったもん」
覚えててくれたのはうれしいけど、それじゃまるで私がアホみたいじゃん、と唇を尖らせて俯いた。ポケットに無造作に突っ込まれていた手が、私のほっぺたを引っ張った。
「そんな顔するなって。俺、あん時初めてお前のことかわいいって思ったもん」
全身の血液がしゅわしゅわと顔に集まっていくのがわかった。恐る恐る見た手の主の横顔と、去年の新年会で跳んで雪だるまを探していたあの横顔が重なった。その横顔は、緑のグラデーションのストライプマフラーに包まれてほんのり赤くなっていた。さっき食事をしたときにはあまり飲んでなかったし、赤くもなってなかったはずなのに。
「もしかして、酔ってます?」
「そっちこそ酔ってるんじゃない?」
「んー、じゃあもうそんなこともうでもいいからこうしましょう!寒いし!」
ほっぺたから手を剥がしてそのまま指を絡めて、厚手の黒いロングコートのポケットに突っ込んだ。ポケットの中で少し驚いたように強張った後で絡め返された手のひらの温かさを感じながら、ふたりで肩を寄せて壁面の雪だるまを見ていた。白い息とちらり舞い始めた雪の向こうで、雪だるまが微笑んだ気がした。


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☆ * ☆ * ☆


雪だるま面の写真がない痛恨のミス。
確かに去年ミッドランドスクエアが雪だるまになってるのを見たんだけどなー。


今週のお題「さむい」

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