さらさら録

日々のさらさらの記録

さんさん録 - こうの史代

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布団の中で、ブログのタイトルをいただいた漫画を読んでいた。休日に少しずつだらりだらりと読むのにぴったりな漫画。
わたしはこうの史代さんが大好きなので、信者と言われるような文章になるかもしれない。そこはご容赦を。



Amazon検索したところ、わたしの持っているコミックスは廃盤になりKindle化されているみたいだ。
こうのさんの絵は紙でこそ読んでほしいのに…と思ったら。

文庫版も出てた。
でもでもこれじゃ1冊になっちゃってるし、何より双葉社漫画文庫の表紙はつるつるしてるのであの表紙の紙質を味わってもらえない…!*1
ということで、もしコミックス版を見つけたら即買いを勧めます。


内容は、何てことない日常の話。
と書いてしまうと、こうのさんの本の紹介はすべてこれで終わってしまう。一時期「日常系」なんてジャンルが流行ったけど、こうのさんこそ日常を丁寧に描き出す漫画家だと思っている。
何しろ、彼女の好きな言葉は「私はいつも真の栄誉をかくし持つ人間を書きたいと思っている(ジッド)」なのだ。
彼女の作品はいつも、日常を生きる人たちを丁寧に掬い描いている。それは、戦争モノに分類されがちな「夕凪の街 桜の国」や「この世界の片隅に」*2も同じだ。あくまでも彼女は、日常を緻密な知識と筆致で描くことで、その先にあるものを浮かび上がらせ読者の心に余韻を残す。
その鮮やかさとやさしさに、わたしはいつも惹きつけられ、心があったかくなったり、ちょっとほろりとしたり、言葉にならない感情に呆然としたりするのだ。


改めて内容の話。
定年再雇用者(と思われる)参平は、ある日突然妻の鶴子を亡くす。生活が荒れる参平を見るに見かねた息子の詩郎は、詩郎の妻・礼花や娘の乃菜と一緒に同居することを勧める。
参平に残されたのは、「奥田家の記録」と題された分厚い1冊のノート。生活の知恵が詰まったそのノートを元に、参平は息子夫婦の主夫として暮らしていくのだった、というお話。
あとは淡々と日常が続いていく、そういう漫画だ。

読み進めるにつれて、最初はくたびれたおやじだった参平に少しずつ覇気が戻り、甚平姿が色っぽくさえ見えてくる。
そして、孫の乃菜。最初は得体の知れないぬぼーっとした不気味でかわいくない子だったのに、最後のほうでは愛おしくてたまらなくなる。参平の、乃菜に対する感情を追体験してるかのよう。乃菜ちゃんかわいいよ乃菜ちゃん。
礼花さんののんびりおっとりとした性格(と広島弁のギャップ)、人材紹介会社の仙川さんの凛とした佇まいと小悪魔になり切れないやさしさもいい。こうのさんの描く女性はいつだってとても素敵で、在り方が美しい。蛇足だけど、わたしは、こうのさんの描く女性たちのような女性になりたいと思いながら生きている。

こうの作品らしく、文字で読ませるエピソードもあれば、絵のみでサイレント映画のように見せる話もあり、まるでコントのようなやり取りあり、様々な漫画の技巧で楽しませてくれる。
絵が苦手で敬遠してしまう人もいるだろうけど、スクリーントーンを使わずすべて手で描かれた数々の挿話には読み返すたびに発見があって、派手さはないけどほっとして何度も箸が伸びるおばんざいのような味わいがある。作中に出てくるさば味噌や肉じゃがのような。
肉じゃがといえば、漫画に出てくる料理を実際に作っていらっしゃるブログ「マンガ食堂」さんでも作られているので、こちらもぜひ。
「さんさん録」(こうの史代)の肉じゃが | マンガ食堂 - 漫画の料理、レシピを再現
参平のクッキーチョコレートケーキも紹介されててうれしい。このチョコケーキ、いつか作りたい…。

 


きっと読み終えた頃には、登場人物たちが、そして日常がたまらなく愛おしくなっているはず。
家族のいる人であれば、また違う響き方をするんじゃないかな。
よく、「丁寧な暮らし」みたいなスタンスが揶揄されていたりするけど、これを読めば「丁寧な暮らし」がどういうものかわかると思う*3
日々を人々を愛おしみ、慈しみ、楽しみ生きることが、日常を彩ってくれるのだと。


2巻帯の言葉のように鶴子が参平に遺した言葉がとても美しいんだけど、その中のひとつを引いてこの取り留めのない記事の締めにしたい。

<b>「この世でわたしの愛したすべてが
 どうかあなたに力を貸してくれますように」
</b>

*1:ざらっとした手触りの素朴な生成色の紙で、シンプルな絵によく合ってるのだ。「夕凪の街 桜の国」の文庫化のときも同じ悔しさで歯ぎしりをした覚えがある

*2:この2作も何度となく読み返しているけど、やっぱり安易に戦争モノとカテゴライズされるのに違和感がある。いや、戦時下に生きる人の日常を描いたらそれは「戦争モノ」になってしまうのだろうか

*3:著者の平凡倶楽部というエッセイを読むと、著者自身がこうして生きているのだということがわかって楽しい

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